風土
棚田と呼ばれる水田景観は今も残っています。棚田は山間の治水においても重要な役割を果たしてきたと言われています。また、米を収穫したのちに残る稲の茎や葉は、藁として加工され、米や卵などを収める容器、雪や雨から身を守る蓑、足を保護する草鞋、そして祈りを表現する注連飾りや注連縄などの材料として用いられてきました。
中国からの稲作の伝来以来、日本人は米とともに育ちました。
縄文後期を含めるなら日本の稲作は2500年を超える歴史があります。
稲は日本の風土に合致しました。一粒の米から稲が育てば、
翌年に一千粒以上の米が収穫できます。実に一千倍以上の生産性です。
したがって主食の米を栽培するために、平野の少ない日本では、
山間地域も田として開墾しました。毎年、米がよりよく実ることを天地に祈り、
豊作に安堵し、また凶作に怯えながら、日本人は米とともに生きてきたのです。
稲の生育に心を通わせ、米を巡って一年が過ぎていくのです。
したがって、日本文化の中に米が育ったというより、
稲の中に日本文化が産み落とされたと考えられるほどに、
日本人と米の関係は深いのです。
風土
棚田と呼ばれる水田景観は今も残っています。棚田は山間の治水においても重要な役割を果たしてきたと言われています。また、米を収穫したのちに残る稲の茎や葉は、藁として加工され、米や卵などを収める容器、雪や雨から身を守る蓑、足を保護する草鞋、そして祈りを表現する注連飾りや注連縄などの材料として用いられてきました。
短粒種
東アジアは米が主要穀物です。日本人が選んだのは粘り気のある短粒種。炊き上がると艶と粘り気を帯び、湯気とともにひとかたまりを箸で口に運ぶと、水分を多く含んだしっとりとした歯ごたえと柔らかな口当たりが口腔内を満たします。噛むほどにほんのりと甘みも増してきます。日本人は一粒の米に七人の神が宿ると信じてきました。
炊飯
精米した米は、水を加えて炊くことで「飯」となります。米の収量が安定していなかった昔は白米を炊いてつくる「飯」は贅沢品で「銀しゃり」と呼ばれていました。かつてはかまどで炊き、現在ではもっぱら炊飯器で炊きます。白米のみならず、小豆と炊く「赤飯」、栗と餅米を炊く「栗おこわ」など、炊き方にも多様なレシピがあります。
丼物
通常は飯を茶碗によそい、食事の際にはこれを左手に持って、副菜と交互に食べます。一方、茶碗より大きな丼鉢に飯を入れ、その上に副菜となる具をのせて、一つの独立したメニューをなすものを「丼物」といいます。「いくら丼」「鰻丼」「カツ丼」「天丼」「雲丹丼」「牛丼」など多様な種類があり、いずれも人気を博しています。
餅
粘度の高い「もち米」を蒸してつくられる「餅」は、ハレの食物として祭事や行事に欠かせません。新年に食べる「雑煮」は、餅を漆椀に入れて供される汁物です。餅は、蒸しあがった餅米を臼に入れ、杵で搗いてつくります。餅の種類は食用に「丸餅」「角餅」「豆餅」などがあり、丸餅を大小二段に重ねた「鏡餅」は正月の飾りです。
寿司
酢を効かせた酢飯に刺身などの「ネタ」をのせ一口大に握る「握り寿司」は世界的な人気を博しています。ネタの選定や調理の加減、握りの技術に応じて格も価格も多様です。寿司は「握り」の他にも具と酢飯を混ぜる「ちらし」、海苔を用いる「巻き」、油揚げに詰める「稲荷」、酢でしめた魚を型に入れて押す「押し寿司」などがあります。