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箸 Chopsticks/Pauzinhos/Palillos

日本の箸は木材を原材料としており、
これによって補強技術や、木目と香りを楽しむ心、
あるいは利便性に特化した使い捨ての箸が生まれました。
一回きりの箸には、清浄性を求める日本人の気質も大きく影響していて、
命の糧を運ぶ道具には神が宿るという、神道の考えに基づいています。
これはフォークやスプーンなどを用いる他国とは異なり、
箸を中心に食事をする日本ならではの、箸に集約された精神性だと言えます。
素材、工芸、神道、日本米、調理、様々な要素が絡み合いながら
今日まで日本独自の箸文化がかたちづくられてきました。

箸の機能

日本食の殆どは箸で食事を行い、西洋のナイフや、中国と韓国の匙(スプーン)のような第二の食具に頼らないことが特徴です。これにより口に運びやすいよう食材を細かく美しく切る包丁文化が誕生しました。また、和食では調理の仕上げを食事の当事者に委ねる場合があります。湯豆腐は自分で掬った豆腐に好みの薬味を乗せることで完成となり、鍋料理は目の前で調理して各々が自分の箸で好きな具を取りそのまま口に運ぶなど、日本の箸食は調理と食事の境が曖昧と言えます。

  • 包丁文化|大日本物産図会 信州蕎麦切製造之図
  • 鍋料理|古代江戸繪集
  • 包丁文化|大日本物産図会 信州蕎麦切製造之図
    箸でつかみやすい細切りの蕎麦やうどんも包丁文化によって誕生。
    室町時代以前の麺類は、団子やそばがき形式が主流だった。

  • 鍋料理|古代江戸繪集(国立国会図書館蔵)
    大勢が箸でつついて食べる鍋料理は鍋を囲う人々の心的距離を縮める。
    図版は手前の皿に野菜と肉が盛られており、牡丹鍋であることが伺える。

米と箸

日本ではかつて、箸は匙(スプーン)と一式で使われていました。箸が伝来してきたと考えられる中国や朝鮮半島では、穀類はパサついていて匙で掬わなければ口に運べず、箸は菜を食べる道具でした。一方、日本の米は粘り気があり、湯気とともにひと塊になるので、箸で口に運ぶことができます。そのため平安時代以降、匙は徐々に日本から姿を消し、右手で箸を持ち左手で茶碗を持つ食事様式が確立されました。箸と日本米を中心に、独自の食事作法が形成されていったのです。

  • 箸でつかむことができる日本米
  • 利き手で箸、もう片方の手で茶碗を持ちながらおかずを食べる、日本の食事様式。
  • 箸でつかむことができる日本米

  • 利き手で箸、もう片方の手で茶碗を持ちながらおかずを食べる、日本の食事様式。
    提供:PIXTA

漆加工

主に木材を原材料とする日本の箸は、腐蝕を防ぎ補強するため、液体から固体に硬化する漆加工を施したものが多く、このような箸を「塗り箸」と呼びます。漆は酸性やアルカリ性、低温と高温にも強い素材で、耐久性においては人工塗料よりも優れています。その歴史は古く、江戸時代初期に全国の漆器産地で漆工芸の発展に伴って誕生しました。高級品としても珍重され、煌びやかな装飾を施したものを中心に、日本各地で独自のデザインや技術が発展してきました。

  • 若狭塗 | 福井県
  • 若狭塗 | 福井県
  • 会津塗 | 福島県
  • 津軽唐塗 | 青森県津軽地方
  • 津軽七々子塗 | 青森県津軽地方
  • 村上堆朱 | 新潟県村上地方
  • 輪島塗 | 石川県輪島市
  • 輪島塗 | 石川県輪島市
  • 若狭塗 | 福井県
    貝殻や卵殻を色漆に塗り重ね、研ぎ出して磨き上げている。
    これは江戸時代に福井県小浜藩の塗師が編み出した技法で、中国の漆器づくり技術から着想を得て、海底の様子を図案化したことが始まり。

  • 若狭塗 | 福井県
    貝殻や卵殻を色漆に塗り重ね、研ぎ出して磨き上げている。
    これは江戸時代に福井県小浜藩の塗師が編み出した技法で、中国の漆器づくり技術から着想を得て、海底の様子を図案化したことが始まり。

  • 会津塗 | 福島県
    産地を治めていた会津藩は当時強い権力を持っていたため、箸の装飾にも金色が多く用いられ、現在でもその名残が見られる。
    歴代藩主たちは代々会津塗りを奨励している。漆の木の植樹や職人育成、販路の開発などをおこない、技術向上の大きな手助けとなった。

  • 津軽唐塗 | 青森県津軽地方
    若狭塗から派生した技法で、貝殻や卵殻の代わりに漆を斑点模様に凹凸をつけて塗る。
    その上から色漆を何重にも塗り重ね、研ぎ出して磨き上げることで、独特の色層が浮き出てくる。

  • 津軽七々子塗 | 青森県津軽地方
    木地に漆を塗り、菜種を蒔く。乾いたのち菜種を払い落すと小さなクレーターができ、上から色のついた漆を塗り重ねて研ぐと輪の模様が出てくる。
    輪の輪郭が欠けないよう均一に研がなければならないため、高い技術を必要とする。

  • 村上堆朱 | 新潟県村上地方
    「堆朱」とは漆を塗り重ねることを意味し、その名の通り何度も天然の漆を塗り重ねることで、たくましく、印象的な朱色をつくりだす。
    最後に艶消し仕上げを行うことで、使い込むほどに色艶が増し、味わい深い質感となっていく。

  • 輪島塗 | 石川県輪島市
    日本を代表する高級塗り箸。日本における沈金技術の元祖であり、蒔絵技術は200年以上受け継がれてきた。美しく華やかな装飾が特徴である
    一方で、塗り上げまでに20工程、全体では75~124工程あり、半年から一年もの年月をかけて仕上げるため非常に丈夫な箸となる。

  • 輪島塗 | 石川県輪島市
    日本を代表する高級塗り箸。日本における沈金技術の元祖であり、蒔絵技術は200年以上受け継がれてきた。美しく華やかな装飾が特徴である
    一方で、塗り上げまでに20工程、全体では75~124工程あり、半年から一年もの年月をかけて仕上げるため非常に丈夫な箸となる。

持ち代と箸先

箸は、二本の棒からなるシンプルな道具ですが、目を凝らすとその多様性が見えてきます。持ち代は3角形や4角形のような面の広いものが指にしっかりと触れて力を込めやすく、丸に近付くほど手に馴染む使い心地です。箸先も重要で、角ばったものや、乾漆と呼ぶ漆の粉が付いている箸先であれば、食べ物が滑りづらくなります。一方で漆の箸先は、消耗しやすい箸先を強化するだけでなく、布で簡単に拭くだけで清潔に保てるため、持ち運びに最適。自分に合った持ち代と箸先に出会うことが、快適な食事へと繋がります。

  • 3角形の持ち代
  • 4角形の持ち代 | 手を傷つけないよう面取りを施しており、「四方面」と呼ぶ。
  • 納豆箸/珍味箸/豆腐箸/滑り止め(掘り)/滑り止め(乾漆)
  • 蕎麦箸/漆による箸先の強化加工/滑り止め(掘り)/どんぶり箸
  • 3角形の持ち代

  • 4角形の持ち代 | 手を傷つけないよう面取りを施しており、「四方面」と呼ぶ。

  • 納豆箸/珍味箸/豆腐箸/滑り止め(掘り)/滑り止め(乾漆)

  • 蕎麦箸/漆による箸先の強化加工/滑り止め(掘り)/どんぶり箸

割り箸

割り箸は主に大衆飲食店や弁当販売に用いられる、使い捨ての簡易的な箸です。その始まりは江戸時代、鰻屋で客に出された「割りかけ箸」や「引き裂き箸」が起源と考えられ、その後吉野杉でつくられた箸に初めて「割り箸」と命名されたことで、広く普及していきました。割り箸は利便性もさることながら、割るという不可逆的な所作によって、無垢であることが約束されています。幼少期より家庭で「自分の箸」を定める日本人ならではの、箸に対する精神性の顕れと考えることができます。

  • 日本の飲食店で普及している割り箸
  • 弁当に付属する割り箸と箸袋
  • 吉野杉の割り箸は、端材を有効活用してつくられている。
  • 吉野杉の割り箸製造現場
  • 日本の飲食店で普及している割り箸
    提供:PIXTA

  • 弁当に付属する割り箸と箸袋|
    ひとまとめにできるよう、弁当箱とほぼ同じ長さになっている。

  • 吉野杉の割り箸は、端材を有効活用してつくられている。

  • 吉野杉の割り箸製造現場

神人共食

一回きりの箸の中には、特別な祝膳のための箸があり、一般的な割り箸の姿とは異なります。両端を細く削った「両口箸」という形状は、反対側の箸先に神様の強力な魂を宿し、そのパワーをいただくことを目的とし、このことを「神人共食(しんじんきょうしょく)」と呼びます。両口箸の多くは丈夫なヤナギの白木からつくり、ほとんどの場合は祝い事が終わると神社などで燃やされますが、これは利便性や衛生面が理由ではなく、「一度口に入れると魂が乗り移る」という言い伝えのためです。

  • 赤ん坊が一生食べるものに不自由しないようにと願いを込める、「お食い初め」で使用するのもこの両口箸。
  • お正月に食べるおせちと両口箸
  • めでたい日に食べる赤飯と両口箸
  • 赤ん坊が一生食べるものに不自由しないようにと願いを込める、
    「お食い初め」で使用するのもこの両口箸。

  • お正月に食べるおせちと両口箸

  • めでたい日に食べる赤飯と両口箸

箸袋

箸を包む袋を「箸袋」と言い、平安時代、宮中の女官たちが衣類の端切れからつくった袋が起源とされています。その後室町時代では将軍をもてなす饗宴や、江戸時代吉原では馴染みの客の箸入れとして用いられました。弁当販売に付属する割り箸を紙の袋に入れるようになったのは大正5年頃のこと。大阪の箸職工が衛生面を気遣い、意匠登録をして袋入れにしたのが始まりです。箸袋にはメッセージが書いてあることも多く、今も昔も変わらず他者へのおもてなしだと言えます。

  • 布製の箸袋
  • 箸箱
  • 箸袋に入った箸を差し出す女|観音霊験記
  • 布製の箸袋 | 箱の場合は中でカチャカチャと暴れ、箸を傷めてしまう場合があり、長期的に考えると布製の方が箸の長持ちに繋がる。

  • 箸箱 | 現代では袋に代わり、安価で扱いやすいプラスチック製品の箸と箸箱が携帯箸の主流となりつつある

  • 箸袋に入った箸を差し出す女|観音霊験記(国立国会図書館蔵)

箸言葉

日本には箸にまつわる言葉がいくつも存在しています。箸とともに食文化を形成してきた日本人にとって、箸は生活に必要不可欠な食具であり、一人一膳は持っていると考えられます。そのため、「箸」に関する「些細」「軽い」「作法」といった要素は誰もが共有しやすく、日本語の比喩表現の中にまで深く浸透していきました。